夜の帳が街を包み、遠くの屋根が月光に銀の輪郭を描いていた。
高台の古びた石畳の上、金色の髪が風に揺れる。――ヘルメスは静かにバイオリンを構えた。
彼の足元には、黒い小猫が一匹。瞳だけが星のように光り、じっと彼を見上げている。
「……今夜も聴きに来たのか?」
ヘルメスが微笑むと、猫は低く喉を鳴らした。鈴虫の声が、遠くで涼やかに重なる。
弓が弦をすべり、音が夜空に広がる。
ひとつの音が灯り、またひとつが風に溶けていく。
金の髪が月明かりを受けて輝くたび、音はまるで光の粒のように舞い上がった。
「街のざわめきも、今夜だけは静かだな。」
ヘルメスは目を閉じた。
指先から生まれる旋律は、切なさと安らぎを同時に含んでいる。
音は高台を抜け、夜の街に降り注ぎ、人々の眠りを包みこんでいった。
「……君も会いたい人がいるんだね?」
彼は猫に問いかける。
黒猫は答えない。ただ尻尾を揺らし、足元に体を擦り寄せた。
ヘルメスは少し笑い、再び弓を構える。
その音は、まるで誰かへの祈りのようだった。
旅人として、神として、あるいはただの音楽家として。
過ぎ去った時を懐かしむように、そして新しい夜明けを迎えるように。
月が雲に隠れると、音もまたやわらかく沈んでいく。
風の隙間に、鈴虫の声が戻ってきた。
「……また明日も、弾こうか。」
ヘルメスが呟くと、猫が一度だけ「ニャア」と鳴いた。
同時に靴の羽根もパタパタと動く。
金の髪が夜風に揺れ、弓が最後の一音を描く。
高台の上には、余韻だけが静かに残った。
【Music List】
0:00 Hermes’ Lullaby
25:55 Hermes’s theme
49:27 Caduceus
1:11:27 A Gentle Wind
1:35:39 Celestial Courier
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